ラテン語な日々

〜「しっかり学ぶ初級ラテン語」学習ノート〜

『スキーピオーの夢』「20分の1」の謎

自習

cūius quidem annī nōndum vīcēsimam partem scītō esse conversam.

Cic.Rep.6.24.
キケロー「国家について〜スキーピオーの夢」

Cicero: de Re Publica VI

 

【語彙と文法解析】

quī quae quod, pron, adj Ⅰ (adj interrog)① どの, 何の, どのような(中略)
Ⅱ (pron relat)Ⓐ (+ind 直接法)① (事実関係)...するところの(人・もの)
(以下略)
cūiusは関係代名詞 quīの中性・単数・属格で、caelum(天)の単数・属格 caelīをさし、annīのかかる。その(天の)。

quidem adv 確かに, 全く

annus -ī, m ① 年 (以下略)
annīは第2変化名詞 annusの男性・単数・属格または複数・主格(呼格)。ここでは単数・属格。年の。

nōndum adv まだ...ない.

vīcēsimus, vīcens- -a -um, num ord ① 第20の, 20番目の.② 20分の1の.
vīcēsimamは第1・第2変化形容詞 vīcēsimusの女性・単数・対格で、partemにかかる。

pars partis, f ① 部分, 一部 ② 約数 
tertia ~ (VITR)∥3分の1、dimidia ~ (PLAUT)∥2分の1、半分(pl;基数詞を伴って)、partes duae (LIV)∥3分の2、tres partes (CAES)∥4分の3.
vīcēsimam partemで「20分の1」を表す。

sciō -īre -īvī [-iī] -ītum, tr(intr)① 知っている 〈+acc;de re;+acc c.inf〉.② 精通している, 心得ている 〈alqd;+inf (以下略)
scītōは第4変化動詞 sciōの命令法・能動態・未来、2人称または3人称・単数。ここでは2人称・単数。

esseは不規則動詞 sumの不定法・現在。

convertō -ere -vertī -versum, tr, intr Ⅰ (tr)① 回転させる, 回す.(以下略)
conversamは第3変化動詞 convertōの完了分詞。女性・単数・対格。esse conversamで、convertōの不定法・受動態・完了をつくる。回転したこと。

 

【逐語訳】

cūius(その) quidem(確かに) annī(年の) nōndum(まだ〜ない) vīcēsimam partem(20分の1) scītō(あなたは知りなさい) esse conversam(回転したこと).

 

【訳例】

確かに、まだその年の20分の1も回転していないことをお前は知っておきなさい。

 

(古典の鑑賞)

先日、課題で取り組んだキケロー「国家について」第6章「スキーピオーの夢」の一節から。前回、学習した際に、どうも気になったので、今回は岡訳の訳註にあった「ティマイオス」(『プラトン全集12』種山恭子訳、岩波書店)を図書館で借りてきて読んでみました。

岡訳は返却してしまって手元にないのですが、確か、この一節についていた註には、ロームルスの死(B.C.716)からスキーピオーの夢(B.C.149)までが567年なので、天の「一年」はその20倍、12000年くらいか?と書かれてあったように記憶しています。

で、この一節の前の段落が、「一めぐりの年」についての記述で、ここに「ティマイオス」(39c-d)参照の註がついていました。すべての星が元の位置に戻る、ということで、ああこれは「一めぐりの年」は歳差年のことなんだなと思いつつ、「ティマイオス」にその考え方が書かれているのだろうと、読んでみたわけです。

しかし、何事も、原典に一応はあたってみるもの。上記「ティマイオス」(39c-d)のくだりは、地球、月、太陽、水星、金星、火星、木星土星の「八つの循環運動の相対的な速さ(周期)が同時にその行程を完了して大団円に到達する時、時間の完全数が完全年を満たすのだ」云々と、一見「手のつけようもないほど」複雑な惑星の天球上の運動(彷徨)にも、何らかの神秘的な原理が隠されている、という主張でした。

確かに、ヒッパルコス春分点の移動から、歳差運動を発見したのが、B.C.146〜127らしいので(Wikipedia)、プラトンは歳差運動は知らなかった、ということか。

いやまてよ、「vertens annus=ひとめぐりの年」は「すべての星がいったん出発した元の地点に戻って、天全体に同じ配置が再現されるまでの36000年の周期」(羅和辞典、研究社)ということでした。

キケローは「一めぐりの年」を36000年とは言っていません。一方で、その「一年」は12000年くらいだと、間接的に言っています。

36000年は、ヒッパルコスが観測から推定した歳差年。キケローがヒッパルコスの書を読んでいたかは、わかりませんが、偉大なキケローが36000年と12000年を取り違えるわけがない。

ですので、ここは、キケローはプラトンの学説にしたがって、論をすすめていると考えた方が良いでしょう。気になるのは、先にふれた、ロームルスの死(B.C.716)からの567年が、その「一年」の20分の1に満たない、という記述です。

ティマイオス」の39.dの註によると、「時間の完全数が完全年を満たす」というのは、八つの周期の最小公倍数が完全年の長さであることを意味する、とのこと。プラトンの弟子エウドクソスは、惑星の公転周期を、水星1年、金星1年、火星2年、木星12年、土星30年と与えていたらしいので、最小公倍数は、60。

ここでひとつおまじない。216×60年=12960年。その20分の1は648年で、12960年がその「1年」とすると、割と文意が通ります。「216」の数字は、ピタゴラス学派以来宇宙の要素を表す数として尊重された3の3乗、4の3乗、5の3乗の和となる数字。ちなみに216×60000=12960000はプラトン数。これを360で割ると、36000で、こちらはプラトン年というらしい。あれ? ヒッパルコスの歳差年と同じだ。なんだ、羅和辞典は、プラトン年をとっているのか。

何か、夢の中で化かされたような。『スキーピオーの夢』「20分の1」の謎、でした。