ラテン語な日々

〜「しっかり学ぶ初級ラテン語」学習ノート〜

第33回課題(2020.7.11)

練習問題33-3

Nōn quī parum habet, sed quī plūs cupit,pauper est.
(ノーン クゥイー パルム ハベト、セド クゥイー プルース クピト、パウペル エスト)

Sen.Ep.2.6
セナカ「倫理書簡集」

Seneca: Epistulae Morales, Liber I

 

【学習課題】

代名詞2・その他 比較

 

【語彙と文法解析】

quī quae quod, pron, adj Ⅰ (adj interrog)① どの, 何の, どのような (中略)
Ⅱ (pron relat)Ⓐ (+ind)① (事実関係)...するところの(人・もの)(以下略)
quī は関係代名詞 quī の男性・単数・主格または男性・複数・主格。ここでは男性・単数・主格。先行詞である文の主語は省略されている。

parum adv 不十分に, 少なすぎて

habeō -ēre habuī habitum, tr(intr)① 持つ, 所有する.(以下略)
habet は第2変化動詞 habeō の直接法・能動態、三人称単数現在形。

sed, set conj ① (否定辞の後で)(...ではなく)...で (以下略)
nōn A set B で AではなくB。

plūs adv comp ① より多く, それ以上に ② さらに, そのうえ.

cupiō -pere cupīvī [-iī] cupītum, tr ① 切望する, 熱望する ② 愛着[好意]を示す 〈+dat〉.
cupit は第3変化動詞B cupiōの直説法・能動態、三人称単数現在形。

pauper -eris, adj ① 貧乏な, 貧しい.② 安価な.③ 乏しい, 貧弱な 〈alcis rei〉.
Pauper は第3変化形容詞(見出しがひとつ) pauper の単数・主格(呼格)または対格。ここでは主格補語で、男性・単数・主格。主語は省略されている。

sum esse fuī, intr Ⅰ (存在詞)①⒜ 存在する, ある, 居る (中略) Ⅱ (繋辞として)① ...である (以下略)

 

【構文】

f:id:p-in:20201011223508j:plain

 

【逐語訳】

Nōn(〜ではなく) quī(〜する人)parum(不十分に)habet(所有する), sed(〜である)quī(〜する人)plūs(より多く)cupit(切望する),pauper(貧しい)est(である).

 

【訳例】

わずかしか持たない者ではなく、より多くを望む者が貧しいのである。

 

(古典の鑑賞)

セネカ「倫理書簡集」の一節でした。今回も『セネカ哲学全集 5』を図書館で借りてきて読んでみました。

セネカは「他派」であるものの、エピクロスも学び、本書のなかでもエピクロスからの引用が多く見られます。例えば、エピクロス「断片」(その1-25)に、次のような文が見つかりますが、今回の課題文の命題そのものですね。

「貧乏は、自然の目的(快)によって測れば、大きな富である。これに反し、限界のない富は、大きな貧乏である。」

エピクロス倫理学では、人間の欲求を、

  • 自然でもなく必要でもない欲求(たとえば名声、権力)
  • 自然だが不必要な欲求(たとえば大邸宅、豪華な食事、贅沢な生活)
  • 自然で必要な欲求(たとえば友情、健康、食事、衣服、住居を求める欲求)

の3つに分類し、このうち「自然で必要な欲求」を基本として生きることが、善き生き方であるとしたのですが、こうした「人間の感覚を善の尺度とする考え方」は、「自然=神の意志」に従って生きることを善き生き方であるとするストア派の立場と対立したため、どちらかと言えばむしろストイックなその思想も、「快楽主義」だと歪曲され、攻撃の的となったようです。

ただ、この時代のローマ人にとって、エピクロス学派はまだかなり影響力を持っていたようで、エピクロスラテン語に翻訳したルクレティウスはもちろん、ホラーティウスも自身のことを冗談めかして「エピクロスの豚(放蕩者の意)」と評したりしています。過去の学習会の課題でも、ホラーティウス『書簡詩』から「Semper avārus eget.」(貪欲な者は常に欠乏している。)に取り組んだことがありますし。

セネカストア哲学の第一人者ですが、その思想はエピクロスとかなり親和性が高かったようですね。

ところで、上記の「自然で必要な欲求」の例示を眺めていると、何となく憲法の条文のように見えてきて、ちょっと調べてみると、エピクロス哲学は「西洋最初の完全なヒューマニズムを創始すべき試みであった」と書かれている方がおられて、なるほどと一人で頷いてしまいました。

的外れかも知れませんが、何となく西欧近代の人権思想が築きあげられるに至った歴史の厚みのようなものを、少し垣間見た気がいたしました。