ラテン語な日々

〜「しっかり学ぶ初級ラテン語」学習ノート〜

第38回課題(2020.8.22)

練習問題38-2

Nōminibus mollīre licet mala.
(ノーミニブス モッリィーレ リケト マラ)

Ov.A.A.2.657
オウィディウス「恋愛術」

Ovid: Ars Amatoria II

 

【学習課題】

動詞5 様々な構文 1 非人称構文

 

【語彙と文法解析】

nōmen -minis, n ① 名, 名前 ② 名称, 呼称;称号.③ 表現, ことば (以下略)
Nōminibus は第3変化名詞 nōmen の中性・複数・与格または奪格。ここでは、手段の奪格。

molliō -īre -īvī [-iī] -ītum, tr ① 柔らかくする.(中略)⑤ 和らげる, 緩和[軽減]する.
mollīre は第4変化動詞 molliō の不定法で、和らげること。

licet -ēre licuit , intr impers ① (...することが)自由である, 許されている 〈alci;+inf;+acc c. inf;+subj;ut〉 (以下略)
licet は第2変化動詞(非人称動詞) licet の三人称単数現在形。<不定法の内容>が許される。

malum -ī, n ① 悪いこと, 悪;悪事, 犯罪.② 欠点;不利益, 不十分. (以下略)
mala は第2変化名詞 malum の中性・複数・主格(呼格)または対格。ここではmolīreの直接目的語で対格。

 

【逐語訳】

Nōminibus(表現によって)mollīre(和らげること)licet(〜することが許されている)mala(欠点を).

 

【訳例】

表現によって欠点を和らげることができる。

 

(古典の鑑賞)

オウィディウス「恋愛指南」第2巻の一節でした。今回も『恋愛指南』(沓掛良彦訳、岩波文庫)を図書館で借りてきて読んでみました。

ラテン語の題名は「Ars Amātōria(アルス・アマトリア)」 。直訳すると「恋愛術」ですが、邦題を「指南」としたところは、愛の師範=オウィディウスが、手取り足取り恋の手ほどきをする、という内容に即した、訳者のこだわりということです。

もともと「Ars Amātōria」は「ars rhētorica」(弁論術)のもじりで、恋の駆け引きという、およそ教訓詩に似つかわしくないテーマを、ウェルギリウスの「農耕詩」などの教訓詩になぞらえ、大まじめに歌い上げたもので、作品自体が「たわむれ」=パロディであって、当然、「当時の読者も、諧謔と皮肉をまじえたこの作品を、快活で知的な「遊戯」、たわむれと承知の上で楽しんだ」(解説より)ようです。

この作品、他のローマ文学作品に比べて、感想・書評の類いのネットの書き込みが多いような気がするのですが、「低俗」「許せない」という評も多々あり、ある意味「おたわむれが過ぎた」と言えるのかも知れません。

実際、オウィディウスは「愛の詩人」として絶頂を迎えていた頃、時の皇帝アウグストゥスによってローマから追放されてしまいます。オウィディウスにすれば、明らかにパロディ作品とわかるお遊びの作品に、まさか皇帝が本気で怒り出すなどということは思いもよらなかったのでしょうね。

慌てたオウィディウスは、自身でも、この作品を書いたことを後悔しているのですが、追放の真の理由はよく分かっていないようです。

ともあれ、内容は「恋のかけひき」を歌ったものではありますが、これはローマ文学が歴史の誇る恋愛教訓詩です。オウィディウスは、この作品で、それまでの「恋愛詩」とは異なる新たなジャンルを打ち立てたのでした。

では、今回の課題文にそって、ローマ恋愛詩の正統、エレゲイア詩形を確認してみましょう。

 Nō-mi-ni/bus mol/lī-re li/cet ma-la: /fus-ca vo/cē-tur,
 (ノーミニ/ブス モッ/リーレ リ/ケト マラ /フスカ ウォ/ケートゥル)
  長短短  長長    長短短    長短短    長短短     長短
  Nig-ri-or /Īl-ly-ri/ca cu//ī pi-ce /san-gu-is /er-it:
  (ニグリオル /イーリュリ/カ ク//イーピケ /サングイス /エリト)
   長短短    長短短   長    長短短  長短短    長 

オウィディウスは、言わば、モーツァルトのように、きっと才能がありすぎたのですね。

 

PS.

韻律は「言うや易く、行うは難し」です。山下先生に韻律を直していただきました。

 Nō-mi-ni/bus mol/lī-re li/cet ma-la: /fus-ca vo/cē-tur,
 (ノーミニ/ブス モッ/リーレ リ/ケト マラ /フスカ ウォ/ケートゥル)
  長短短  長長    長短短   長短短    長短短     長短
  Nig-ri-or /il-ly-ri/cā //cuī pi-ce /san-gui-s e/r-it:
  (ニグリオル /イッリュリ/カー//クイー ピケ /サングィセ /リト)
   長短短    長短短   長   長短短    長短短    短

<逐語訳>

その者に(cuī)イリュリアの(Illyricā)瀝青より(pice)黒い(Nigrior)血が(sanguis)ある(erit)ところの者は(=イリュリアの瀝青より黒い血を持つ者は)フスカ(=浅黒い)と呼ばれるべきである(voceētur)。

 

===

Illyricā は第1変化名詞 Illyria の女性・単数・奪格。

REmpire Illyricum
イリュリア(アドリア海東岸地域)