ラテン語な日々

〜「しっかり学ぶ初級ラテン語」学習ノート〜

人民の安全は最高の法であるべし

Ollis salus populi suprema lex esto.

 

olle olla(女性)ollud(中性),determiner(限定詞)そのもの(たち)
olle は ille の古い綴り(Archaic)。ollīs は olle の性別無し・複数・与格(〜にとって)または奪格(〜において)。ここでは与格。

salūs -ūtis, f 安全
salusは第3変化名詞salūsの主格(〜は)または呼格(〜よ)

populus -i, m 国民
poluliは第2変化名詞polulusの男性・単数・属格または複数・主格(呼格)

suprēmus -a(女性) -um(中性), adj(形容詞) superl(最上級の)最上の
supremaは第1・第2変化形容詞suprēmusの女性・単数・主格(呼格)または奪格、中性・複数・主格(呼格)または対格

lex lēgis(属格),f 法
lexは第3変化名詞lexの女性・単数・主格(呼格)

sum esse不定法) fuī(分詞), intr(自動詞)〜である
estoは不規則動詞sumの命令法・能動態・未来・二人称(三人称)・単数

 

【逐語訳】

Ollis(〜にとって)salus(安全は)populi(国民の)suprema(最上の)lex(法は)esto(〜である必要がある).

 

【訳例】

彼らにとって国民の安全は最上の法でなければならない。

 

(古典に親しむ)

コロナ感染から復帰したイギリス首相ボリス・ジョンソン氏が「新たなモットー」として表明した言葉から。キケロー「法律について」第3巻8節の一節でした。たまたま、「キケロー選集8」(岡道男訳、岩波書店)が手元にあったので読んでみました。

「人民の福利を最高の法とせよ」は法学では良く知られた言葉のようですが、私などは当然、初めて聞く言葉でした。

キケローの「法律について」は「国家について」と対をなす著作で、理想の国家としてのローマ国家において、キケローの考える「自然の法」がどのように実現されるべきかを論じています。

「自然の法(lex naturae)」とは、「正しい行いを勧め、過ちを思いとどまらせる力」で、天地を守り支配する神ユッピテルと同じ世代に属するもの、つまり国民や国家の年代より前から存在する普遍的な法であると考えます。

で、理想国家ローマは、これを成文化した法律(書かれた理性)によって治められるべきであって、たとえ現実に存在する法律であっても、この性質をそなえていないものは、決して法律ではないとするわけです。

3節は、官職に関する法律を論じていますが、戦地において最高の権限を持つ、執政官らといえども、「国民の安全が最高の法律でなければならない」と、今回の名句のくだりとなりました。

ボリス・ジョンソン氏は家庭でもラテン語を話す教養人として知られているそうですが、国民もそれを解するのですから、欧米におけるラテン文化の地位というは、確固たるものがありますね。

日本も、これから憲法改正の動きで、法について深く考えてみる必要があるでしょう。法とは何か、キケローの言葉を頼りに、自分なりに考えてみたいと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第20回課題(2019.11.16)

練習問題38-1

Imperātōrem stantem morī oportet.

Suet.Ves.24
スエートーニウス(Suētōnius)「ローマ皇帝伝ウェスパシアヌス

Divus Vespasian

 

【語彙と文法解析】

imperātor -ōris(属格), m(男性) ① 指揮者, 支配者.② 最高司令官.③ (帝政ローマの)皇帝.
Imperātōrem は 第3変化名詞 imperātor の男性・単数・対格

===

stō -āre(不定法)stetī(完了)statum(スピーヌム), intr(自動詞)① 立つ, 立っている.(以下略)
stantem は第1変化動詞 stō の現在分詞 stans の男性女性同形・単数・対格。ここでは imperātor に合わせて男性。

===

morior morī(不定法)mortuus sum(分詞), intr dep(形式受動相動詞) ① 死ぬ.(以下略)
morī は 形式受動相動詞 morior の不定法。

===

oportet -ēre(不定法)-tuit(完了), intr(自動詞)impers(非人称の)
① ...するのが当然である, ...すべきである 〈+inf;+acc c.inf;+subj〉.(以下略)
oportet は 第2変化動詞 oportet の 3人称・単数・現在。

 

【逐語訳】

Imperātōrem(最高司令官は)stantem(立ちながら)morī(死ぬことが)oportet(当然である). 

 

【訳例】

最高司令官は立ったまま死なねばならない。

 

(古典の鑑賞)

スエトニウス『ローマ皇帝伝』第八巻「ウェスパシアヌス」の一節でした。今回は、『ローマ皇帝伝(下)』(国原吉之助訳、岩波文庫)を図書館で借りてきて、読んでみました。

スエトニウスが生まれた西暦70年は、カエサルの血をひく最後の皇帝ネロが亡くなった2年後。本書の原題も『カエサルたちの伝記八巻』で、いわゆる「カエサル家」の歴代皇帝の伝記ものだったようです。解説によれば、実は、第七巻(内乱時代)・第八巻(ウェスパシアヌスとその二人の子)は当初の構想にはなく、思いの外好評だったので、無理矢理付け足されたのでは、とありました。

さて、このウェスパシアヌス、内乱をおさえ、ポスト・カエサル家ともいえるフラウィウス家の最初の皇帝となったわけですが、自身は騎士階級の名も無い家柄のため、皇帝としての権威を高めることに努めたようです。

64年の大火とその後の内戦で荒廃していたローマの再興には、謹厳実直で親しみが持てる人柄、軍事と財務にも明るかったウェスパシアヌスはうってつけの皇帝で、皇帝財産の確立、有名な「小便税」の導入などで財政再建を図る一方、お金は貯め込まず、コロシウムの建設や教育制度の整備など、善政によって、市民の心をつかんでいったとか。

その甲斐あって、10年の統治後、息子のティトゥス帝への権力委譲は、何の問題も無く行われたようです。60歳で帝位についたウェスパシアヌスは、「私の後を継ぐのは息子たちだ」といってはばからなかったそうですが、それも無用な権力闘争を避け、治世の安定を望んだからかも知れません。

病に倒れ、伏してからも、最高司令官としての務めをいつものごとく果たし、気絶するほどの腹痛にあっても、「最高司令官は立ったまま死なねばならぬ」と言って、両脇を抱きかかえられて亡くなった、というのが今回の課題のくだりでした。

身を以て、帝国を支えようとした、苦労人、市民皇帝らしいエピソードですね。

 

第19回課題(2019.11.9)

練習問題36-2

Accidit ut ūnā nocte omnēs Hermae dēicerentur.
(アッキーディト・ウト・ウーナー・ノクテ・オムネース・エルマエ・デーイケレントゥール)

Nep.Alc.3
Nepōs, Dē Virīs Illustribus, Alcibiadēs
ネポース「著名な人物について アルキビアデース」

Nepos: Life of Alcibiades

 

【語彙と文法解析】

accidō -ere(不定法)-cidī(完了), intr(自動詞)① 落下する, 落ちる, 倒れる.中略)⑤ 起こる 〈ut, quod;+inf〉
例文:accidit ut una nocte omnes Hermae dejicerentur (NEP)∥一夜のうちにすべてのヘルメース柱像が倒されるということが起こった.(以下略)
accidit は 第3変化動詞 accidō の直接法・能動態・3人称単数の現在形または完了形。ここでは、ūnā以下の従属文の動詞が接続法の未完了過去なので、主文の動詞は第2時称、完了とわかる(「時称のルール」)。(ut以下の)〜ということが起こった。

===

ut adv(副詞), conj(接続詞)
Ⅰ (adv)
Ⓐ (interrog)いかに, どのように (以下略)
Ⅱ (conj)
Ⓐ (+ind(多く pf))⒜ ...する[した]時, ...するやいなや ⒝ ...して以来, ...してから Ⓑ (+subj)① (副詞節を導く)⒜ (目的)...するために(否定は ~ ne または ne のみ) ② (名詞節を導く)(中略)⒠ (説明・定義)...ということが
ここでは、accidit ut 〜で、「〜ということが起こった」の意。
===

ūnus -a(女性)-um(中性)(gen(属格)ūnīus, dat(奪格)ūnī), adj(形容詞)
① 一人の, 一つの ② 唯一の ③ (まったく)同一の(以下略)
ūnā は 第1・第2変化形容詞(pronominal:代名詞的形容詞)ūnus の女性・単数・奪格。「一つの(ūnā)夜において(nocte)」、すなわち「一夜にして」。

===

nox noctis(属格), f(女性)① 夜 nocte (CIC)∥夜に(=noctu)(以下略)
nocte は 第3変化名詞 nox の女性・単数・奪格で、「夜に」の意。

===

omnis -is(男女同形)-e(中性), adj(副詞)① (sg)全体の ② (pl)すべての, あらゆる.③ それぞれ[おのおの]の.④ 可能な限りすべての(種類の)
omnēs は omnis の男女同形・複数・主格(呼格)または対格。ここでは、動詞の主語に合わせて、男性・複数・主格。

===

Hermēs -ae(属格), m(男性)(本来, Mercurius と同一視されたギリシア神話の神)① ヘルメース柱像《上部に Hermes(のちには他の神々)の胸像・頭像を刻んだ石の角柱;Herma とも呼ばれる;Athenae では道標として用いられた》(以下略)
Hermae は Hermēs の男性・単数・属格または与格、男性・複数・主格(呼格)。ここでは、主格で従属文の主語。

===

dēiciō -cere(不定法)-jēcī(完了) -jectum(スピーヌム), tr(他動詞)① 下方へ投げる, 投げ落とす (以下略)
dēicerentur は 第3変化動詞 dēiciō の 接続法・受動態・3人称・複数・未完了過去

 

【逐語訳】

Accidit(起こった)ut(〜ということが)ūnā(とともに)nocte(夜に)omnēs(すべての)Hermae(ヘルメース柱像が)dēicerentur(投げ倒される).

 

【訳例】

一夜のうちにすべてのヘルメース柱像が倒されるということが起こった。
※辞書の例文にありました(笑)

 

(古典の鑑賞)

ネポス「英雄伝」第Ⅶ章 アルキビアデス の一節でした。今回は、『英雄伝—叢書アレクサンドリア図書館 Ⅲ』(山下太郎・上村健二訳、国文社)を府立図書館で借りてきて読んでみました。山下先生の訳された作品でした。(^^)

原題は『著名な人物について』。将軍、歴史家、王、詩人、哲学者、弁論家、政治家、文法学者など、各分野のすぐれた人物を取り上げたもので、今日まで伝わっているのは、そのうちの「英雄伝」=外国のすぐれた将軍と、ローマの歴史家(カト、アッティクス)だけ、ということです。

当然ながら、私などは、取り上げられた25人中、ラテン語の勉強を始めてから知ったお二人以外は、皆初めて目にするお名前です。(汗)

このアルキビアデスという人物。都市国家アテネの全盛時代といわれるペリクレス時代の将軍ペリクレスの養子だったとも伝えられ、ソクラテスからも教えを受けたらしく、万事に有能、機略に富み、雄弁。しかも、大変魅力ある話しぶりで、気前よく、容姿も良く、その恵まれた環境もあって、常に耳目を集める存在だったようです。

時に、アテネの命運をかけるシキリア大遠征を前に、アルキビアデスは、その将軍に大抜擢され、それを面白く思わぬ向きも多々あったとか。そんなこんなで、アテネが騒然としている最中に、町中のヘルメス柱像がなぎ倒されるという事件がおきた、というのが今回の課題のくだりでした。「ヘルメス神像毀損事件」ですね。

この事件の首謀者としてアルキビアデスが疑われたのは、その大いなる才能と破天荒な行動に、人々が多大な期待のみならず、大いなる不安を抱いていたから、だとか。

このお話、この後の顛末も大変興味深く、また、いろいろ調べてみると面白そうでした。

 

第10回課題(2020.2.16)

練習問題12-1

Aequat omnēs cinis.
(アエクアト オムネース キニス)

Sen.EP.91.16

セネカ「倫理書簡集」

Seneca: Epistulae Morales, Liber XIV & XV

 

【学習課題】
名詞と形容詞 2
第3変化形容詞

 

【語彙と文法解析】

aequō -āre(不定法)-āvī(完了)-ātum(スピーヌム), tr(他動詞)① 平らにする;まっすぐにする.② 等しくする 〈alqd(物・事の対格)alci(人の与格)rei;alqd cum(〜を伴った)re(物・事の奪格)〉(以下略)
aequat は第1変化動詞 aequō の三人称・単数・現在形。

omnis -is(女性)-e(中性), adj(形容詞)① (sg)全体の ② (pl)すべての, あらゆる.(以下略)
omnēs は第3変化形容詞 omnis の男性女性同形・複数・主格(呼格)または対格。ここでは、名詞として使われ、男性・複数・対格で、aequatの目的語。

cinis -neris, m(f)灰
cinis は第3変化名詞 cinis の男性女性同形・単数・主格(呼格)。ここでは、主格で文の主語。

 

【逐語訳】

Aequat(等しくする)omnēs(すべての人を)cinis(灰は).

 

【訳例】

灰はすべての人を等しくする。

 

(古典の鑑賞)

セネカ「倫理書簡集」の書簡91の一節でした。今回は『セネカ哲学全集6』(大芝芳弘訳、岩波書店)を図書館で借りてきて、読んでみました。

解説によれば、書簡91のテーマは、将来の災厄や死を見越して心構えをしておくことで、そうした出来事に直面したときにも、それを平静に受け入れられるようにすべし、ということらしい。

ローマの植民市ルグドゥーヌムが一夜にして大火で焼け落ち、友人リーベラーリスが、悲嘆に暮れている、という書き出しで、引き合いに出された友人は修養が出来ていないということになるので、気の毒な気もしますが、日本風に言えば諸行無常というか、噴火や地震で幾多の都市が消え去ってきたし、そもそも人は死に行く宿命、滅びの中にあるのだから、何も特別なことではないんだよ、と説きます。

それにしても、「常ならぬ出来事にまるで初めてのことのように圧倒され、呆然とすることがないように」「しばしば起こる範囲のことではなく、およそ起こりうる最大限の範囲のことを、あらかじめ心に見越しておこう」(大芝訳)とは、コロナ禍の渦中にあって、正に永遠の警句だと感じました。山下先生もホームページで、3.11追悼などに際して、セネカの言葉を紹介されていますよね。

自然の運命、宿命は、誰にでも等しく働くのであり「死は中立的である」。で「灰になってしまえば誰も皆、同等だ。」と今回の課題文のくだりとなるわけです。

ところで、ルグドゥーヌムってどこだろうと思うと、フランスのリヨンの旧市街なんですね。イタリアの地方都市かと思って探したら、属州ガリアは帝政期、フランス、ベルギーあたりまで広がったようでした。 

 

第18回課題(2019.11.2)

練習問題34-2

Platō ūnō et octōgēsimō annō scrībens est mortuus.

Cic.Sen.13
Cicerō, Dē Senectūte
キケロー「老年について」

Cicerō: de Senectūte

 

【語彙と文法解析】

Platō(n) -ōnis(属格), m(男性)プラトー(ン)《ギリシアの哲学者(前427?‐?347);Socrates の弟子;Academia 学園を開いた》.
Platō は 第3変化名詞 Platō の男性・単数(単数のみ)・主格または呼格。ここでは主格で文の主語。

ūnus -a(女性)-um(中性)ūnīus(属格)ūnī(与格), numeral(基数詞)1

octōgēsimus, -a(女性)-um(中性), numeral(序数詞)80番目の, 第80の;80分の1の.

ūnus も octōgēsimus も 第1・第2変化数詞の男性・単数・与格または奪格、あるいは中性・単数・与格または奪格。ここでは、ūnus et octōgēsimus で次の annōを修飾する。男性・単数・奪格。

annus -ī(属格), m(男性)① 年 以下略
annō は 第2変化名詞 annus の男性・単数・与格または奪格。ここでは奪格。

scrībō -ere(不定法)scripsī(完了)scriptum(スピーヌム), tr(他動詞)(intr 自動詞)① (線を)引く, (図を)描く.② (文字を)刻みつける;記す, 書く.(中略)⑪ 著述[著作]する.⑫ (手紙を)書く, 書き送る
scrībens は 第3変化動詞 scrībō の能動態・現在分詞で、男性・単数・主格または呼格。ここでは修飾する動詞の主語に合わせて主格。形容詞の副詞的用法。

sum esse不定法)fuī(完了), intr(自動詞)
Ⅰ (存在詞)① ⒜ 存在する, ある, 居る (以下略)
Ⅱ (繋辞として)① ...である (以下略)
ここでは mortuus sum の形で morior の 完了形をつくる。

morior morī(不定法)mortuus sum(完了), intr(自動詞)dep(形式受動相)① 死ぬ.(以下略)
est mortuus は形式受動態動詞 morior の直説法・完了、3人称単数。
プラトーンは(Platō)死んだ(est mortuus)」。

 

【逐語訳】

Platō(プラトーンは)ūnō et octōgēsimō annō(81歳で)scrībens(書きながら)est mortuus(死んだ).

 

【訳例】

プラトーンは81歳で書きながら亡くなった。

 

(古典の鑑賞)

キケロー「老年について」13節の一節でした。今回は『老年について』(中務哲朗訳、岩波文庫)を図書館で借りてきて読んでみました。

自分自身、初老なので関心を持てたのと、小篇というのも手伝って、今回は、作品を通読することができました。

キケロー以前のギリシャ・ローマ文学では、「老い」は忌まわしく惨めなものとして表現されていたそうですが、この作品が描くそれは、とてもポジティブで快活です。つまるところは、「老い」というものは、それまでの人生の結果であって、各々の人生に相応しい老年を過ごすのだ、ということなのかなと思いました。

語り手の大カトーも、引き合いに出される歴戦の名将、文人、政治家の面々も、ローマ帝国を築き、その繁栄を支えた英雄たちですから、その老年のあり方も、「老いて尚」というか、社会や一族に対する影響力を誇るところなどは、その社会的ステータスの高さゆえの、気高さというものでしょうか。

まあしかし、凡庸な人生を過ごした身としても、この世に生をうけて、幸運にも老年まで過ごさせていただいたのですから、何某か、次の世代に残せるものがないか、考えてみたいと思わせてくれる作品です。

ところで、学生時代、「小カトー」と渾名する先輩がおられまして、さらに上級に「大カトー」なる先輩がおられるから、と聞かされていたのですが、ギリシャ・ローマ哲学に由来する渾名だったのかと、今更ながら、気が付きました。いや、教養というのは、何かにつけて、大切なものです。

ちなみに、「書きながら死んだ」というのは、大作『法律』(死後、「法律について」として刊行)を未完に残したことを暗喩しているとか。ラテン文学の尋常でない注釈の多さは、作品の前提するこうした暗黙知の多さのためなのですね〜。

 

 

第17回課題(2019.10.26)

練習問題32-3

Omnia mēa mēcum sunt.

Sen.Const.5.6
Seneca, Dē Constantiā Sapientis
セネカ「賢者の不動心について」

Seneca: de Constantia

 

【語彙と文法解析】

omnis -is(男性・女性同形)-e(中性), adj(形容詞)① (sg)全体の ② (pl)すべての, あらゆる.(以下略)
omnia は第3変化形容詞 omnis の中性・複数・主格(呼格)または対格。ここではmēaに合わせて主格。

meus -a(女性)-um(中性), adj poss(所有形容詞 (所有代名詞 ))① 私の, 私に属する, 私が所有する.(以下略)
mēa は第1・第2変化形容詞(所有形容詞 (所有代名詞))meus の 中性・複数・主格(呼格)または対格。ここでは、主格で文の主語。

egō pron pers(人称代名詞)(一人称)私.
mē は 人称代名詞 egõ の一人称・単数・対格または奪格。ここでは奪格。

cum prep(前置詞)〈+abl〉① ...といっしょに.② ...を備えて, ...を身に着けて.(以下略)
mēcum は 前置詞 cum+人称代名詞のとき、cum を人称代名詞の後につけた形。

sum esse不定法) fuī(完了), intr(自動詞)
Ⅰ (存在詞)① ⒜ 存在する, ある, 居る(以下略)
Ⅱ (繋辞として)① ...である (以下略)
sunt は、不規則動詞 sum の直説法・能動態・現在・三人称・複数形

 

【逐語訳】
Omnia(すべての)mēa(私のものは)mēcum(私とともに)sunt(ある).

 

【訳例】

すべての私のものは私とともにある。

 

(古典の鑑賞)
セネカ「賢者の恒心について」5節の一節でした。今回は『怒りについて 他二篇』(兼利琢也訳・岩波文庫)を図書館で借りてきて読んでみました。

賢者の恒心、つまり不動心ということですが、賢者は悪の影響をいっさい受けない、というストア派の有名な主張らしく、今回の課題「私のものは皆、私のもとにある」(兼利訳)は、その論証の提示を終えたあとの「実例」として持ち出される、哲学者スティルポーンの言葉でした。

戦によって、国破れ、家財を失い、娘さえ奪われたスティルポーンが、敵に尋問に対して、いわば、あなた方は勝ち誇っているが「私のもの」は何も奪われてはいない、つまり敗北していない、と言っているわけです。

究極の負け惜しみとも言えますが、これはこの時代のストア派が好んだパラドックスで、賢者は悪を持たないので、悪の影響を受けることがない。つまり、原理的に悪と相互作用できない。悪が作用できるのは、束の間、外部から到来し私の所有した、不確かで覚束無いものに対してだけで、したがって「私のもの」=善きものは、依然として私のもとにある、というある種の逆説なんですね。

わが愛娘を思うと、その超然とした姿勢に圧倒されるわけですが、セネカの生きた時代、「共和制崩壊から元首制の完全な定着という時代変化の中で(中略)説得本来の機能の発揮の場が失われ」ていく中、修辞学は次第に「意表を突く逆説的修辞で」弁論に勝つための技巧化していった、と解説にありました。

そう言えば、最近、「ディベート術」「議論に勝つ」などと冠した本が目立つようにも思えます。昨今の政府の国会軽視とも言える姿勢も、まさに「説得本来の機能の発揮の場」を自壊させていくものかも知れません。う〜ん。

少々、興奮して、長くなりました。最近よく、以前に課題で学んだ「Facit indignātiō versum.(義憤が詩を作る)」という言葉を思い出します。「正しく憤る」ことの大切さも、もっと強調されても良いのでは、と思うこの頃です。

 

 

第16回課題(2019.10.19)

練習問題30-4

Nōn convalescit planta quae saepe transfertur.

Sen.Ep.2.3
Seneca, Epistulae Morālēs
セネカ「倫理書簡集」

Seneca: Epistulae Morales, Liber I

 

【語彙と文法解析】

nōn adv(副詞)① ...でない(以下略)

convalescō -ere(不定法) -valuī(完了形), intr(自動詞)① 強くなる, 力を増す.(以下略)
convalescit は 第3変化動詞 convalescō の 三人称単数現在形。

planta -ae(属格), f(女性)① 接ぎ穂, 挿し枝;苗.② 植物, 草木.
planta は第1変化名詞 planta の女性・単数・主格または呼格。ここでは主格。

quī quae(女性) quod(中性), pron(代名詞), adj(形容詞)
Ⅰ (adj interrog)① どの, 何の, どのような(以下略)
Ⅱ (pron relat)(関係代名詞)
Ⓐ (+ind)(直説法)① (事実関係)...するところの(人・もの) ② (is qui, sunt qui などの形で)
Ⓑ (+subj)(接続法)(以下略)
quae は 関係代名詞 quī の女性・単数・主格または女性・中性の複数・主格または中性・対格。ここでは 先行詞 planta に合わせて女性・単数・主格。

saepe adv(副詞)しばしば, 頻繁に.

transferō -ferre(不定法) -tulī(完了) -lātum(スピーヌム), tr(他動詞)
① (ある場所から他へ)運ぶ, 移送する.② 場所を変える, 動かす, 移す;移植する
(以下略)
transfertur は 第3変化動詞 transferō の受動態・三人称単数現在形。

 

【逐語訳】

Nōn(〜でない) convalescit(強くなる) planta(植物は) quae(〜するところの) saepe(頻繁に) transfertur(移植される).

 

【訳例】

何度も移植される植物は強くならない。

 

(古典の鑑賞)

セネカ『倫理書簡集』第1巻書簡二の一節でした。今回も『セネカ哲学全集5』(高橋宏幸訳・岩波書店)を図書館で借りてきて読んでみました。

哲学的著作が手紙形式をとることはよくあるらしく、以前の課題で、ホラーティウス『書簡詩』は手にしてみたことがあるし、書棚を眺めてみると『エピクロース 教説と手紙』(出隆・岩崎允胤訳・岩波文庫)が並んでいました。

たぶん、『一四一七年、その一冊がすべてを変えた』という本を読んで、ルクレーティウスの『物の本質について』を知り、そこからエピクロースに興味を持ったんだと思いますが、そのうち、所蔵していることも忘れていました。

で、今回の課題。「植物も何度も移植すると強くならない。」(高橋訳、以下同じ)
何のことかと思うと「ありあまる数の本は集中を妨げる。」「世に認められた作家をいつも読みたまえ。他の作家へ移りたいと思ったときは、以前に読んだ作家に戻りたまえ。」と続きます。ああ、だから quae saepe transfertur なのね。

次から次へと、ただ知識欲を満たすだけで、肝心の基礎(文法)がおぼつかない。先生がご著書で紹介されている「暗記に精を出さなくなること」というカエサルの言葉を、いつも思い出します。

最近、スマホアプリと連動する暗記用のマーカーを買ってきて、活用表をスマホに取り込んで、暗記に精を出そうとしているのですが、やっぱり書かないとダメですね。でも少し、暗記する感覚というか快感?を思い出したような気がします。

MINUS MEMORIAE STUDERE.

とりあえず、今日は、これを覚えることにします。(笑)

 

 

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